2011年6月14日火曜日

Boys Don't Cry

忘れてしまうわけでは無いけれど、
少しずつ日常に戻って行く。
311で多くの犠牲者が出た事や、
今も放射線が漏れ続けている事など……ではなく。
それもそうだけど、週末に私は友達を1人、
この世界から見送った、ということ。

その知らせを聞いたとき、
心臓がギュッと掴まれて、
事実を確認して涙が出た。
友達と会ったり、お酒を飲んだりしながら、翌日を待つ。
「友達が自殺しちゃって。
明日たくさん泣くから、今は笑っていたいんだ」
と言って、いつもより多めにお酒を飲んだ。
帰りに1人になったら、また涙が出て来た。

彼の親友の1人に連絡をして、
住所を聞いて、向かった。
「菊や百合は似合わないよね、
ふわふわした子だったから」
みんな同じ意見だったから、
ひまわりと、クリーム色のお花をいくつか。

家の前に、いつも彼と一緒だった2人が立っている。
彼らにはかける言葉も見つからなくて、
肩を叩く事しか出来ない。

私もときどき一緒に混ざって
遊んでいたことがあった。
当時まだ18歳だった彼らは、
私をいつも楽しませてくれていた。
クラブで一緒に騒いだり、
私の仕事を手伝ってもらったり、
クラブ帰りに昼になるまでダラダラしたり、
夜の公園を歩き回ったり。
そういう事をひとつひとつ思い出すと、
本当に辛かった。

部屋の前には、いつも持っていたスケボーと、
いつも履いていたコンバース。
ドアを開けると、お父さんが迎えてくれた。
「音楽関係の、友人です」。
お花とお香典を渡した。

彼は家のリビングで、横たわっている。
お線香を上げて、手を合わせる。
顔はきれいだった。
ほっぺを撫でた。
冷たくて、すべすべしていた。

しばらく、何も言わすに泣きながら座っていた。
お父さんがノートを出す。
「ここに来てくれたみんなに
名前を書いてもらっているんです」
3年くらい前に、良く遊んでいた友達たちの名前。
私たちの名前も書き込んだ。
それから、もう一度ほっぺを撫でた。

帰り際にお父さんが、
火葬の場所を説明してくれた。
「お悔やみ申し上げます」
と心から、自然に言葉が出た。
私たちがずっと泣いているから、
お父さんも泣いてしまった。

駅までの道は、無言だった。
何かしゃべると、
嗚咽が止まらなくなりそうだから、
何もしゃべらないで、駅まで向かった。
みんなと別れて、仕事へ向かう。
仕事中も、仕事を終えて家に帰っても、
泣いたり、気が紛れたり、
また泣いたりの繰り返しだった。

「こうすけ、びよ(私)と一緒に
スケボーやりたいと言ってたからありがとうね」
と彼の親友の1人からメールが来た。
ベッドに入って、
リビングに横たわっていた彼の事を思った。
泣きながら眠った。

朝起きて、手紙を書いた。
喪服を着て、火葬場へ向かう。
たくさんの若者がいた。
まだ20歳前後の、友人たち。

小さな花を手に取り、棺に近づく。
花と一緒に、手紙を棺に入れた。
昨日よりも青くなった、
きれいな顔を見る。
涙で顔がぼやける。

彼の親友たちが、レコードや手紙を棺に入れる。
新しい世界でも、好きな音楽が聴けるように。
その光景がたまらなくて、声を出して泣いた。

骨が、カラカラと音を立てた。
それがとても不思議だった。
何かを言っているようにも感じた。
骨壺に収めたあと、お父さんが言った。

「こうすけは、自分で音楽の道を選んで、
音楽の道を生きてきました。
そして今、新しい世界へ
行く事を選んで、旅立ちました。
どうか、こうすけが自分で選んだ道を、
責めないであげて下さい」

動けなくなった。
喉が痛いほど、涙があふれた。
あちこちから、嗚咽が聴こえた。
泣き崩れる子、それを支える子。
そして、彼を乗せた車が去った方向を
全員がいつまでも見ていた。


私は、彼が自分でこの世を去ったことの
意味をいつまでも考え続けようと思う。
私たちに何かメッセージを
残した事は確かだと思う。

少しずつ、泣く頻度が減っていき、
日常を取り戻して行く。
それでも、彼の死の中にある意味を
考え続ける事をここに誓います。

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